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Uni-ya

~うに家~Drop at our house if you happen to come this way.

くも

クモがでたーーーーー!!!

しかもデカいヤツーーーーー!!!

もわっともこっとしてて、動かない。。。

見た瞬間、一瞬、息が止まった。死ぬかと思った。


あぁ、日本語、愛すべき母語同音異義語の宝庫。
アクセントをほんっの少し変えるだけで、全然別の意味になる単語たち。

 


さっき、部屋の壁に蜘蛛(クモ)がいるのを発見しました。
成人女性の親指大(←つまり私の)
なかなかにデカいです。
白い壁の上に、黒くてまるまると太って(あーキモい!)いる物体が、いきなり、いるんです。
現れたんじゃなく、いつの間にか、いた。
テレポーテーションか?←日本語では瞬間移動ね

 

ここは北国、札幌。
北国の良い点を一つだけ挙げよ、そう問われたら私は即座に、もうコンマ以下の速度で「虫が小さい!」と言います。
寒いから大きくなれないんだと思う。「そこそこ大きくなったなー、俺(←虫のセリフ)」と思ったら冬だもの。積雪ンメートルだもの。

そんな札幌のしかも室内で、何故にあんな巨大蜘蛛が。。。


悪戦苦闘、死闘数十分、TVを買おうと見に行った(でも結局買ってない)ビックカメラでもらった厚手のSONYの紙封筒で捕獲して窓からリリースしました。(マンセーSONY!)

よく見たら気持ち悪い、でも、よく見ないと封筒をはずして手にのぼってくる可能性がある、

クモの逃走経路に"封筒の口を床と段差をつけずに"置きつつ、蜘蛛を追い立てる、限界まで薄目で

 


よくやった、私


頑張った、私

 

そういえば「蜘蛛の糸」っていう名作がありましたっけね。

 

 

いつの日か

恩を返して

蜘蛛さんよ

 

 

 

弱味と強みそしてダメな私

4月だというのに私の住む町は雪。

ここは北海道

安定の北国っぷりです

 
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ときどき読む、おしゃれ系のブログがある。

おしゃれ系ブログだけど、キラキラしたステキ女子をアピールする感じはなくて、自分という素材を地に足ついたやり方で楽しんでるというのが伝わってきて、とても良い。

色のプロなので、コーディネイト、色の組合せは勉強になる。

 

その女性、いつもは色のこと、コーディネイトのことを書いているのが今回は違った。

朝から息子君を叱ってしまった、とか、雨の湿気で髪がまとまらない、とか、とても私的なことをつらつら書いていて、じゃっかん、グダグダ気味。

しかし

それがとても良かった。

本人は冒頭に、つまらないと思うから読まなくてもいいですよ的なことまで書いてたその記事はなんだか穏やかで、私は安心感をもって読んだ。

 

 

「完璧にしようとせずに弱味を見せること」

これは人付き合いの極意だと、本気で思う。

弱味というかダメなところというか

自分を出し惜しみしないことかな

 

 

他人のダメな部分を見ると安心する 

 

という言葉は

あぁ私だけじゃないこの人もダメな部分があるんだ、安心、安心、

って事ではなくて、いやそういう部分もあるのかもしれないけど、

 

この部分は見せるけど、こっちはやめておこう、なんていう変な計算をせずに、自分の中にある全ての面をダダ漏れさせる、

そこに安心感を覚えるんだと思う

自分自身とか周囲とかに対して不安がないのが感じられるから

 

 

自分をダダ漏れにするのは勇気がいるよね

 

犬だって心を許した人にしかお腹を見せないっていうしね

 

 

でも、やってみる価値は、絶対あるのを私は知っている

 

 

 分かってるけど、それがなかなかできないんだよな➰…と思う4月の夜です

 

では

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の特性を知ろう

 

以前、「認知特性」について書きました。

視覚と聴覚、どちらが得意なのか、

自分の苦手を克服するのも、もちろんアリですが、自分の得意なことを伸ばした方が、無理して無い感じがして、私はそちらの方が良いなぁ、と思ってます。

(自分が好きなことなら、何してもいいんですけどね。好きなことは"苦手"とは言わないですよね?)

 

以前、誰のエッセイだったか忘れてしまいましたが(林真理子さんの可能性高し)書いてあった話、

その作家さんが、仕事か何かで、画家さんと海にいたそうです。

息を飲むほど素晴らしい、その景色を見ながら画家さんは、

「僕は画家だから、この景色をどうやって描こうか考える。君は作家だからどんな言葉を使おうかって考えるんだろうね」

と言ったそうです(細かいところは完全に忘れてます)

 

これを読んだとき、妬ましいくらい、羨ましく思ったのを覚えています。

なんて豊かな世界なんだろう。

表現者になるということは、そういうことなのか。

とても印象的だったんですよ。でも記憶力がいかんせん頼りなくてかなりザックリした記憶になっちゃってますね。

 

美味しい料理を食べたら再現したくなる人、

手に汗にぎる展開のレースを見た後は自分も走りだしたくなる人、

その音ほんの少し大きすぎるんじゃない?

あー、そのネクタイの色はないわー、

 

自分が"つい"一生懸命になってしまうこと、"ムキ"になってしまうもの、"神経質なくらい"こだわってしまうもの、そこに自分の特性があるのかもしれません。

 

それは生まれついてのものなのか、育つ過程でそうなるのか、分かりませんけど、どうにも気になることにはこちらからオフェンス気味に攻めていったら、面白いことになりそうです。

 

 

↓コチラを読んでて上の「画家と小説家」の話を思い出したので、書いてみました。

note.mu

 林さんの穏やかな語り口は落ち着くなぁ。

文章には人柄が表れる、隠せない、が私の持論ですが、

絵も、そうなのかもしれません。

田辺画伯がここまで人気になったのは、ひとえに彼の描く世界観ゆえでしょう。大好きです。

イラスト|田辺誠一オフィシャルブログ「Hello(ハロー)」 -4ページ目

 

 

自分の事は客観視できないので、私の文章が私のどんな部分を明らかにしてるのかは分からず、、、ちょっと残念。

 

 

では

 

職業

 

よくよく考えてみたら、変な言葉

 

しょくぎょう

 

ある人にとってはお金

ある人にとっては自己実現

 

この前、ある女性に会った。

この春から法律家になるための学校に行くという

 

法律家になるための学校に行くんですけど

法律家にならなくてといいんです、と言う

 

ん?

 

法律を知ることで人を助けたいんです

 

 

会話の中にたびたび出てくる「自由」という言葉

どうやらその女性は、人を助けた先にある、『お互いを許容し合う世界』を求めてるようだった。

 

法律家になったとしても

農夫になったとしても

スターバックスで抹茶フラペチーノを作っていたとしても

本当に求めてるものは一つ

  

 

職業は単なる一つの手段に過ぎないのだろうな

 

どこにいても、何をしていても、働き方、環境、仲間、そんなのは瑣末なことであって、こだわる必要はないのかもしれない

 

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「私、スピリチュアルとか苦手で(苦笑)」と言うその女性は、でも、インドの聖者に言われた一言で法科大学院に行くことを決めたとか。

それって、スピリチュアルなのでは?

と思った春分の日でした。

 

 

では

 

 

空が青い

冬の青さとは違う

 

春の空気だな~

 

なんだろう?春の訪れはある日

「あれ?春?」

暖かいなとかなんとかそういう思考を越えて、季節のダイヤルが かちゃり 切り替わった雰囲気を全身で感じる

 

人間も動物の一種だからして

自然のサイクルに同調して動いておるんですな

 
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北国に住んでると、春が来た嬉しさったらもう尋常じゃないんですよ

ほんとに