Uni-ya

~うに家~Drop at our house if you happen to come this way.

自分のカラー

私は色の勉強をしている。

一昨年から始めて2年目になり、なんとなく、ほんわかと、色にまつわる色々が分かってきた。

というか、分かりかけてきた。

なにごとも、たかだか2年やそこらで「分かりました」なんて言えないと思うが、色の世界は感覚に落とし込む部分も大きいので、尚更に難しい。

さて、パーソナルカラー診断という、「あなたには淡い黄色が似合いますよ」とか「あなたには真っ赤が似合いますよ」という例のアレ。

アレも学びに含まれているので、それをからめた話を今日は少ししたいと思う。

 

人それぞれ、その人なりの肌の色や瞳の色、髪の色、があるわけだけど、そういう自分の色、自分の個性に沿った色が心地良く感じるのだそうだ。

例えば、モデルによく見かける、色白の人、目も髪も色素が薄くて、美人なんだけど淡い印象の人、そういう人は北欧系家具によくある色の薄い木材、淡い色のクッションやカーテンに落ち着きを感じる。

いっぽう黒い家具や赤茶色のラグとかは居心地が悪く感じるらしい。色が強すぎる。

しかし、居心地は悪いけれど、憧れはあって、

「あぁ、赤茶のラグかっこいいなぁ。。。」と思うらしい。

 

あれ、なんだか人間関係に、恋愛に、似てませんか?

 

前にも書いたことがあるが、動物行動学者で著述家の竹内久美子さんの著書によると、鴨だったか何かの鳥を使った実験で、我々動物は「似てるもの」に愛着を持つ、ということが分かっている。

そっくりだと血が濃過ぎて子どもを持つにはヤバい。

遠過ぎるとワケわかんなくて怖い。

似てる、のがちょうど良いらしい。

 

ということは、

 

結局、私たちは、自分と似たようなモノ(物and者)を求めているみたいだ。

 

似たようなモノが落ち着くし、居心地が良い。

 

憧れているモノはあるけど、それがもし側にあったら、きっとソワソワしてなんだか自分が自分じゃないような、そんな気がしちゃうんだろう。

 

そして、

あなたが好きなモノは、もしそれが心地良さを伴った「好き」なら、それはあなたに合ったモノなんですよ。

ということなのだ。

 

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私は目鼻立ちがどうにもボンヤリしてていつでも半分寝てるみたいな顔なのだけど、実際、ぼんやりするのが大好きなので、あぁこれは私の持って生まれた個性だからもうどうしようもないのだな、と思った次第です。

 

では

 

 

思いこみ

先日、母を連れてスーパーに行ったときの話

 

母が買物をしてる間、私はスーパーの店舗内の隅にある休憩コーナーで本を読んでいた。

部屋でいえば、そう12畳くらいの広さのスペースだ。

英語を勉強している身であるので、英語の児童書を読んでいたのだけれど、もちろんスイスイ読めるわけもなく、ちょいちょい単語の意味を調べるためにスマホ辞書をチェックしながら読んでいた。

(余談だが、今読んでいる"Wonder"、とても、ヒジョーに、素晴らしく良い。

 

ワンダー Wonder

ワンダー Wonder

 

 

子どもにも大人にもオススメです)

 

途中、発音記号を見てもピンとこない単語があったので、ゴソゴソとカバンの中からイヤホンを取り出して、つけた。

すると、私の横の方、椅子にして5席くらい向こうに座っていたお婆ちゃんとおばさんの中間あたりの年齢層の女性グループの一人が、私の方に向かってなにごとか喋ったような気がしたが、知り合いでもないので気にせず発音をチェックしていた。

なるほど、ふむふむ、と一人うなづきながら発音を確認、後、また続きを読み始める。

すると、まだ視界の端の方に、one of お婆ちゃんとおばさんの間 women が身を乗り出して、私に向かってなにごとか言ってるのがチラチラとうつる。 

気のせいじゃないよね、

私に何か言ってるよね、

 

私、今、本を読んでるんで、じゃましないで欲しいんですけど?的な、イヤな人モードが全開になりそうな自分を極力隠しつつ、

イヤホンをはずしながら「はい?」と言いたげな顔を向けてみた

すると

「ゴメンねー、私、耳が遠いから、つい声が大きくなっちゃって、うるさくしてゴメンね、ほにゃらかほにゃらか・・・・」

 

なるほど

 

私がイヤホンをするのを見たオバチャンは「私のせいだ!」と思ったようだ。

彼女の声がうるさいから私がイヤホンをしたのだ、と思いこんで、一生懸命、あやまろうとしていたのだ。

 

これは、ひじょうに示唆に富んだ瞬間だった。

 

私は単に発音をチェックしたかっただけだ。

が、公共の場なので、イヤホンを取り出して聞いた。

 

私は周りの迷惑になるだろうと思ってイヤホンをつけた。

おばちゃんはそれを見て、おばちゃんが私に迷惑をかけたと思った。

 

なんでしょう、この思いこみ合戦は。

 

結果だけ見ると、

私はスマホから音を出して聞いたほうが良かった。どうせオバチャンSは耳が遠いから迷惑にならなかった。

おばちゃんは、そのまま楽しくお喋りを続けていれば良かった。私はそもそも聞いてなかったから迷惑じゃなかった。

ってことになるわけで、

でもって、こういうことは、日常、たーーーくさーーーん起こってるんだろうな、と。

 

迷惑をかけるだろう、という思いこみ、

迷惑をかけたのかも、という勘繰り

 

他者を思いやっての行為なんですが、少々息苦しくてめんどくさいですね。

 

この事件の後、たまにスカイプで話したり、LINEのやりとりをしているアメリカ人からLINEが入った。

私が「この記事オモシロイ」と送ったLINEに対する返信だったのだが、何を言ってるのかイマイチ、というか、まったく分からない。けど、なんだか不穏な空気を私は感じとった。

あれ?もしかして、私が送った記事に対して、イヤな気分になっちゃった?あれ?もしやムっとしてる?あれあれ?

うろたえる私。

しかし、私はおばちゃんSとの事件で学んだばかりである。

こういうときは、聞けばいいのである。

 

「私、もしかしてあなたの気分を害しましたか?」

 

日本人のお家芸、秘儀「察する」を卒業するぞ、とフリースを着ながら決意する6月。

(信じられませんが、6月だというのに10度を下回っています)

 

 

では!

私なんて病

私は慢性の「私なんて病」患者だ。

たぶん、ちょっと残念な家庭に育ったんだと思う。

自分に自信が持てないどころか、自分の価値を相当低く見積もってる。

いつもいつも

「いえいえ私なんて」

「とんでもない」

「滅相も無い」

等々、酸素を吸うのさえ申し訳ない、くらいに考えている。

そんな私が自分改造として最近挑戦していることは、「ヒトサマのお金を使う」だ。

「おごってあげる」と言われたら、「はい。ありがとうございます」と言って素直におごられる。

「○○をあげる」と言われたら「ありがとうございます」と言ってもらう。

 

「自分のお金と労力を使って、自分で解決する」

という私のデフォルトを、ちょっと変えてみる努力をしている。

正直、しんどい。

 

最近も大きな挑戦をしている。

会社のお金を使って、あることをしているのだけれど、もう自分のお金を使って自分でやった方がずーーーーっと気分的には、楽。

あぁ、もういいよ、めんどくさいから自分で払うよ、と喉元まででかかる言葉を飲み込み、

でも、だけど、会社のお金を使う。

私のために、会社にお金を使ってもらう。

なんなら

私のために、会社にお金を使わせてあげる、

くらいまでのところまで気持ちを持っていきたいところだけれど、千里の道も一歩から、地道にコツコツと、まずは「オドオドしながらも使う」ところからやっていく所存であります。

 

 

謙虚であること、と、卑屈でいること、は、まるで、全然、トンデモナク、違う。

 

謙虚な人は立派だけど、卑屈な人は、悲しい。

 

健全な謙虚な人になりたい、と思い眺める初夏の雨。字あまり。

 

では☆

 

noteはじめました

カキ氷はじめました

 

みたいな感じで、はじめてみました。note。

はてなは使いやすいし、まったく不満はないんですが、読み手として使ってきたnoteが書き手として使うとどんな感じなのか知りたくて始めてみました。

はてなに似た感じなんですね。(つまり、アメブロ方面とは全く違う)

シンプルでいい感じです。

 

私は日本人kidsアルアルで、子どもの頃は漫画家になりたいと思ってました。

私の場合、ただ「なりたいなーっ...」ていうんじゃなく、絵(マンガ絵)を描くのがすごく好きで、こんなに好きなら職業にならないかな、なったらいいな、と。

とにかく描いてました。教科書にはもちろん、家でも、ベッドの中でさえ、寝る間際まで描いてました。

好きこそものの上手なれ、今でもサラサラっと描くマンガっぽい絵はけっこう褒められます。

そりゃだって描いたもの。

平均的日本人の1000倍くらいは描いたのでは?(当社推定値)

それが就職してパタリと描かなくなった不思議。

しかし、既に1000倍描いてますから、いってみれば訓練してきたわけです。

野球選手が素振りを繰り返すように、私はせっせと憂う横顔描いたり、手で口を覆う「はっ!」みたいな顔を描いてきたわけです。

 

何が言いたいのか、と言うと、要はなにごとも訓練だな、と。

数をこなした分だけ上達するのだな、と。

 

なので、文章も、書く回数を増やせば、自然と上手になっていくのだろうな、と思います。

もともとの性格とか、感性とか、読書量とか、文章力を左右する要素はいろいろあるでしょうが、数を書かないことには、こなれてこないだろう、とそう思った次第です。

 

と、いうことで、noteでも書いていくことにします。

 

あの頃のマンガのように、せっせと。楽しく。

 

 

https://note.mu/uni_ya/m/md7345a3acbd4

 

noteでも「うに」です。

 

 

 

母の日

「気丈」という言葉を覚えたのが、いつだったか、どんな状況だったか覚えてないけど、

「母のことだ」

そう思ったのははっきり覚えている。

教師をしながら私と弟を育ててくれた母

「ひとに頼るな。自分に頼れ」が口癖だった母

音楽が好きで、お喋りで、落語が趣味で、読書家の母

論理的で合理的で頭脳明晰で、なのになぜか天然な母

一人で生きてきた、母

 

どうしてそんなに泣くの?

私の結婚式だよ、めでたい席だよ

さっきまでレンタルした黒留袖の柄が気に入らないって文句言ってたのに

お母さん、そんなに泣かないでよ

ホントは泣いてる私を「ほろほらそんなに泣くとお化粧が」とか言う役目でしょ

それ、もう号泣レベルだよ

お母さん、

お母さん、私、すごく幸せだよ

お母さん、私、お母さんの子どもで良かったよ

お母さん、お母さん、お母さん、

今日、母の日だったね、

お母さん、ありがとう