Uni-ya

~うに家~Drop at our house if you happen to come this way.

臨時原っぱ

 

会社の周辺が建築ラッシュだ。

あちらこちらで毎日のように、古い家がガがガガガがーッと壊されている。

古い家が多い地域だったから、まとめて数軒がつぶされている。

マンションになるようだ。

 

 

腰の曲がったお婆ちゃんや、ステテコ姿で歩くお爺ちゃん達はどこに行ったんだろう?

スキマ風で寒くて、傾いていて、でも住み慣れた家を手放したのは、誰の決断だったんだろう?

 

現代の建築基準法からはずれた古い家がみっちりあった場所が、原っぱになった。 


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古い家が多いということは、古いお庭も多いということ。

紫陽花の花がきれいなお宅、うっそうと木が茂るお宅、お気に入りの家がいくつかあった。

それが重機で次々にがちゃんがちゃんと壊されて、その後には、

ぺろーーーん、と広い空き地が出現して、寂しい気持ちになっていたけど、

「この木は残そう」と、根を残す判断をした人がいることが、とても嬉しかった。

 

新しいマンションのシンボルツリーになるんだろう。

 

この木は新しいお友達ができる。

 

 

お盆ですね。

2017年の夏を満喫しましょうね。

 

では

 

 

 

 

恋~片思いについて

昼食後に歯を磨いていて、 「あ」 と思ったことを書きます。

 

前回、右脳と左脳について書きました。

そのときに、竹内久美子さんの著書にあった

「鴨を使った実験で、鴨は、兄弟よりも、他人鴨よりも、従兄弟鴨により多くの興味(好意)を示した」

という実験の記述と、好きな色は自分に似合う色、ということを鑑みて、

 

『我々は自分に似たモノ(物・者)に愛情を持つのだろう』

 

と、書きました。

さて、

では、

じゃぁ片思いはどーすんだよ問題です。

 

これはですね。2017年7月3日時点での私の考えとしてはですね、

まったく問題ナシ、です。

だって似た者が好きになるんだもん。

AさんがBさんの事が好きなら、BさんだってAさんの事が好きにきまってます。

「似てる」は、見た目の問題だけではありません。本質というか、気質というか、もっとDNA的な事もかもしれません。

牛肉は、すき焼きにしたって、肉じゃがにしたって、コロッケにしたって、牛肉です。

あなたが本当に牛肉なら、そして彼も牛肉なら、うまくいくはずなんです。

 

 

しかし、問題があります。

問題1

あなたが、本当は豆腐なのに「豆腐の自分なんてイヤ」「違うの、私は違うの、牛肉さんと一緒にいれば、きっと私も牛肉になれる、、、」と思っての牛肉さんへの好意なら、憧れにまみれた好意なら、

残念ですが、うまくいきません。

 

これはひとえに、自分が豆腐であることに満足してるかどうか、にかかっている。

と、↑これが今日、気づいたことです。

豆腐である自分に満足しているなら、牛肉を好きになることもありません。もし、ちょっと惹かれたとしても、戻ってくるでしょう。

厚揚げ豆腐さんが寄せてくれる好意にも、ちゃんとこたえることができるのです。

 

 

問題2

牛肉の彼が牛肉であることを嫌ってる場合。(そしてあなたは牛肉)

あなたがどんなに「同じ牛肉同士、一緒にいると心地良いじゃない?」とせまってみても、なにせ彼は牛肉の自分が嫌いなんです。

同じ牛肉のあなたのことも、残念ながら好きにはなれません。

勿体ないですよね。二人はすごく合うのにね。

 

 

 

さぁ、じゃぁ、今、片思い中の女子や男子は、どうしたらいいのでしょうか。

答⇒⇒⇒どんどん自分を出していきましょう。

牛肉である自分、豆腐である自分を隠していては、相手に「似てる」が伝わりません。

何が好きなのか、何が嫌いなのか、

お互いの「似てる」をさりげなく、積極的に、じゃんじゃん、見つけていきましょう

 

ちょっと待て、似たモノなんだろう?

牛肉と牛肉なら同じじゃないか!という疑問は置いておいて。

 

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問題3

ホルモンが大暴走して、もう似てるとかなんとかそんなのどうでもいい状態。

 

結局、人間も動物なのだから、好き、嫌い、は本能によるところが大きい、と私は本気で思っています。

女性も男性も「より良い子孫を残したい!」っていう本能の叫びが、「好きハート」という感情にさせてると思うんですよね。

だからこその「似てる者が好き」なんですが、同時に、あまり似てないけど、良い子孫が残せそうな体格的に優れてる人(声がいいとか顔がいいとか背が高いとか胸が大きいとか)に多くの異性がむらがっちゃうんでしょうね。

この解決策は、ただ一つ。群がることだと思います。

彼を、彼女を、自分ひとりだけのモノだと思わないこと。シェアです、シェア。

 

 

良い結果が出ますよう祈っております

 

では

右脳と左脳

以前、人の特性についても書いた私は、

 

 


その人の持って生まれた能力

とか

潜在的な特別の才能

とか

趣味嗜好の傾向

とか、

「意識」(潜在意識、無意識)ネタが大好きなんだと思う。

 

先日、TEDトークで、脳障害をおったアメリカ人の脳神経学者のスピーチを見た。

早朝、左側の脳血管から出血して、じょじょに左脳の機能を失っていった彼女は、

体のバランスをとるのが難しくなり、文字を認識できなくなり、言葉が喋れなくなった。

普通は、ショックを受けて、大変だ!どうしよう!とオロオロしてしまうところだと思う。

なにせ脳神経学者だから、自分の体に何が起こってるのか詳細に分かってしまう。

しかし、

病院に運ばれるまでの間、じょじょに脳の機能を失っていく間、

彼女は多幸感に包まれていたという。

自分の体と他の物質、壁とか、との境界線があいまいになり、すべての物に愛を感じ、すべてが美しく見え、この世は楽園であるかのように、感じていたという。

そして彼女いわくは、実際、この世界は楽園である、らしい。

 

左脳は、言葉を理解したり、計算したり、論理的判断をする思考脳、右脳は、匂いを感じたり、味を感じたり、見たりする感覚脳。この辺は皆さん、ご存知のことと思う。

私が知らなかったのは、左脳は過去の経験から未来を予測する機能をにない、右脳は、今、この瞬間だけが全てだということだ。

そして、ここからがトンデモワールドになるのだが(私の大好きなパートでもある)

 

全ての人は右脳を通してつながっている

 

のだ、そうだ。

すべての人がつながているので、敵も味方もない。

体を分ける境界線もなく、ゆるやかに分子同士がつながっているので、「あなた」と「私」「彼」「彼女」と、私達の目には違う個体に見えるけれど、「人」という大きな一つの個体であるらしい。

私達の右脳にとっては。

 

オモシロイ!

そして、この「ゆるくつながっている」は、私が以前から考えていたことなので、ものすごく納得してしまった。

だって、おかしくない?全てのものはつきつめてくと、小さいモノ。分子だっけ?あれ?ナニ子だっけ?になるんでしょ?

っていうことは、人の肌表面にだって、?子と?子の間に必ずスキマがあるわけで、そのスキマにはナニがあるんですか?という疑問。

そこに触れてる酸素とか匂いとかの?子との境って曖昧なのでは?と、ずっと思ってたのでした。

やっぱりつながっていたのか、という、してやったり感。

 

しかし博士いわくは、「右脳の意識がお互いつながっている」という。テレパシー的な何か?

「TEDトークの短い時間枠では全部話しきれない」と言ってるので、たぶん、もっとディープなトンデモネタがあるのだと思う。

 

 

話を戻します。

 

左脳優位で生きていくと、過去のことをグチグチ考えたり、将来の不安でオタオタしたり、あの人のアレはアレだからきっとアレなんだわと勘ぐったり、

それはそれで必要なんだと思うけど、なにせ左脳と右脳と両方あるということは、必須だから退化してないわけで、だけど、右脳にもうちょっと頼って生きるとたぶん毎日がもっと楽しくなるよなぁ、と、しみじみ思ったのです。

だって、「今」しかないわけだし、敵なんていないわけだし。

 

 

我々がもっと右脳の意識で生きると、世界は平和になるよ、とこの博士は言っているのです。

www.ted.com

ちなみにTEDで話してるくらいなので、博士は完全に復活してます。

 

字幕が出るので、興味のある方は見てみてください。

(画面右側下の音量の右隣にある□から日本語字幕が選択できます)

 

 

 

今、ちょっと英語勉強強化月間をしていて、毎日、毎日、わりとマジメに英語を頭につめこんでいる。

そうすると、頭の中、意識?が常に緊張してるかのようになるのが分かる。ピリピリキリキリしてく感じ。

あぁ、日本の受験制度ってだから良くないんだろうなー、と思いながら自転車をこぐ夏です。

 

では

自分のカラー

私は色の勉強をしている。

一昨年から始めて2年目になり、なんとなく、ほんわかと、色にまつわる色々が分かってきた。

というか、分かりかけてきた。

なにごとも、たかだか2年やそこらで「分かりました」なんて言えないと思うが、色の世界は感覚に落とし込む部分も大きいので、尚更に難しい。

さて、パーソナルカラー診断という、「あなたには淡い黄色が似合いますよ」とか「あなたには真っ赤が似合いますよ」という例のアレ。

アレも学びに含まれているので、それをからめた話を今日は少ししたいと思う。

 

人それぞれ、その人なりの肌の色や瞳の色、髪の色、があるわけだけど、そういう自分の色、自分の個性に沿った色が心地良く感じるのだそうだ。

例えば、モデルによく見かける、色白の人、目も髪も色素が薄くて、美人なんだけど淡い印象の人、そういう人は北欧系家具によくある色の薄い木材、淡い色のクッションやカーテンに落ち着きを感じる。

いっぽう黒い家具や赤茶色のラグとかは居心地が悪く感じるらしい。色が強すぎる。

しかし、居心地は悪いけれど、憧れはあって、

「あぁ、赤茶のラグかっこいいなぁ。。。」と思うらしい。

 

あれ、なんだか人間関係に、恋愛に、似てませんか?

 

前にも書いたことがあるが、動物行動学者で著述家の竹内久美子さんの著書によると、鴨だったか何かの鳥を使った実験で、我々動物は「似てるもの」に愛着を持つ、ということが分かっている。

そっくりだと血が濃過ぎて子どもを持つにはヤバい。

遠過ぎるとワケわかんなくて怖い。

似てる、のがちょうど良いらしい。

 

ということは、

 

結局、私たちは、自分と似たようなモノ(物and者)を求めているみたいだ。

 

似たようなモノが落ち着くし、居心地が良い。

 

憧れているモノはあるけど、それがもし側にあったら、きっとソワソワしてなんだか自分が自分じゃないような、そんな気がしちゃうんだろう。

 

そして、

あなたが好きなモノは、もしそれが心地良さを伴った「好き」なら、それはあなたに合ったモノなんですよ。

ということなのだ。

 

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私は目鼻立ちがどうにもボンヤリしてていつでも半分寝てるみたいな顔なのだけど、実際、ぼんやりするのが大好きなので、あぁこれは私の持って生まれた個性だからもうどうしようもないのだな、と思った次第です。

 

では

 

 

思いこみ

先日、母を連れてスーパーに行ったときの話

 

母が買物をしてる間、私はスーパーの店舗内の隅にある休憩コーナーで本を読んでいた。

部屋でいえば、そう12畳くらいの広さのスペースだ。

英語を勉強している身であるので、英語の児童書を読んでいたのだけれど、もちろんスイスイ読めるわけもなく、ちょいちょい単語の意味を調べるためにスマホ辞書をチェックしながら読んでいた。

(余談だが、今読んでいる"Wonder"、とても、ヒジョーに、素晴らしく良い。

 

ワンダー Wonder

ワンダー Wonder

 

 

子どもにも大人にもオススメです)

 

途中、発音記号を見てもピンとこない単語があったので、ゴソゴソとカバンの中からイヤホンを取り出して、つけた。

すると、私の横の方、椅子にして5席くらい向こうに座っていたお婆ちゃんとおばさんの中間あたりの年齢層の女性グループの一人が、私の方に向かってなにごとか喋ったような気がしたが、知り合いでもないので気にせず発音をチェックしていた。

なるほど、ふむふむ、と一人うなづきながら発音を確認、後、また続きを読み始める。

すると、まだ視界の端の方に、one of お婆ちゃんとおばさんの間 women が身を乗り出して、私に向かってなにごとか言ってるのがチラチラとうつる。 

気のせいじゃないよね、

私に何か言ってるよね、

 

私、今、本を読んでるんで、じゃましないで欲しいんですけど?的な、イヤな人モードが全開になりそうな自分を極力隠しつつ、

イヤホンをはずしながら「はい?」と言いたげな顔を向けてみた

すると

「ゴメンねー、私、耳が遠いから、つい声が大きくなっちゃって、うるさくしてゴメンね、ほにゃらかほにゃらか・・・・」

 

なるほど

 

私がイヤホンをするのを見たオバチャンは「私のせいだ!」と思ったようだ。

彼女の声がうるさいから私がイヤホンをしたのだ、と思いこんで、一生懸命、あやまろうとしていたのだ。

 

これは、ひじょうに示唆に富んだ瞬間だった。

 

私は単に発音をチェックしたかっただけだ。

が、公共の場なので、イヤホンを取り出して聞いた。

 

私は周りの迷惑になるだろうと思ってイヤホンをつけた。

おばちゃんはそれを見て、おばちゃんが私に迷惑をかけたと思った。

 

なんでしょう、この思いこみ合戦は。

 

結果だけ見ると、

私はスマホから音を出して聞いたほうが良かった。どうせオバチャンSは耳が遠いから迷惑にならなかった。

おばちゃんは、そのまま楽しくお喋りを続けていれば良かった。私はそもそも聞いてなかったから迷惑じゃなかった。

ってことになるわけで、

でもって、こういうことは、日常、たーーーくさーーーん起こってるんだろうな、と。

 

迷惑をかけるだろう、という思いこみ、

迷惑をかけたのかも、という勘繰り

 

他者を思いやっての行為なんですが、少々息苦しくてめんどくさいですね。

 

この事件の後、たまにスカイプで話したり、LINEのやりとりをしているアメリカ人からLINEが入った。

私が「この記事オモシロイ」と送ったLINEに対する返信だったのだが、何を言ってるのかイマイチ、というか、まったく分からない。けど、なんだか不穏な空気を私は感じとった。

あれ?もしかして、私が送った記事に対して、イヤな気分になっちゃった?あれ?もしやムっとしてる?あれあれ?

うろたえる私。

しかし、私はおばちゃんSとの事件で学んだばかりである。

こういうときは、聞けばいいのである。

 

「私、もしかしてあなたの気分を害しましたか?」

 

日本人のお家芸、秘儀「察する」を卒業するぞ、とフリースを着ながら決意する6月。

(信じられませんが、6月だというのに10度を下回っています)

 

 

では!