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Uni-ya

~うに家~Drop at our house if you happen to come this way.

死ぬということ

取引先の女性が死んじゃった。。。

いつも元気で、明るくて、仕事はすごくできるのに謙虚で、一事務員から札幌営業所長にまでなった業界では伝説の女性。

会社で倒れてそのまま向こうに行っちゃった。

 

私はいつも彼女と電話で話すたびに、「どうしてこんなにこの人は楽しそうなのだろう?」と、不思議に感じていた。

機嫌の悪い時、というのが彼女にはなかった。

体調の悪そうな時、というのもなかった。

 

とてもとても正直に言うと、

そんな彼女に私は、「仕事が生きがいってヤツ?」と、たまに冷ややかな気持ちを抱くこともあった。

「私はそんな仕事(彼女の仕事)が生きがいなんてイヤよ」と、まで思った。

 

しかし、人間なのだから、気分の晴れない日だって彼女にはあったはずなのだ。

それを仕事の場では隠していたのだと思う。

社会人としては当たり前の事なのだろうとも思う。

私には到底出来ないことだ。

 

彼女は、とても、とても立派な大人だったのだ、と思う。

 

 

彼女は結婚していて、旦那さんが一人。

その旦那さんは、今、どんな気持ちでいるのだろう。彼女の枕元で線香を絶やさないように気遣いながら、何を思っているのだろう。

 

 

私はまだ死にたくないし、来年も再来年も、20年後も生きていたいと思う。

でも、いつかは「死ぬ」時がくるのだ。

それが、明日、なのと、20年後、なのと、どんな違いがあるのだろうか?

これから私自身が一念発起して興した事業がもし大成功を収めたとしても、地球規模でみたら何の違いもないように感じる。

いや、間違いなく違いはないだろう。

乳飲み児がいて、私が死んだらこの子はどうなるの?っていう懸念事項もない。

幼馴染を連帯保証人にして、多額の借金してるわけでもない。

そう考えたら、別にその日が明日でも、別に構わないんじゃないか?という気がしてくる。

 

最初、彼女の訃報を聞いたとき「いつ終わりがくるか分からない。後悔のない人生を生きよう」と、毎度お馴染みの感情がわいてきた。

でも、

なんだか今回は、死ぬのもそう悪くないんじゃないか?という感情がその後にわいてきた。

だって、何をしても、何もしなくても、結局、人はみんなみ~んな最後には死ぬのだ。

重ねて言いますが、別に自殺願望があるとか、そんなんじゃないです。逆に命根性は汚いくらいです。

 

ただ、明日死ぬと、私の母さんが悲しむ。

私の父さん(母さんの夫)が死んだとき、あぁこの人(母さん)もスグに死んじゃうんじゃないか?と思うくらい、母さんは悲しみでボロボロになっていた。

ここで私が死んだら、母さんが辛い思いをする。

 

そのためだけでも、私は死ぬわけにはいかないのだ。

 

 

死んじゃった彼女は、どうだったんだろう?

 

意識を失ったまま病院に運ばれて、でも、それは外側から見た彼女で、実際どうなのかなんて医者にだって分からない。

あぁ、死にたくないぁ、とか、

旦那さんを悲しませたくないなぁ、とか、

感じてたのかな?

 

死ぬって、どういうことなんだろう?

 

その時がくるまで、私には分からない。

 

 

Sさん、今までありがとうございました。

私が不機嫌なときも、ミスしたときも、朗らかに対応してくれて、本当に本当にありがとうございました。

心からご冥福をお祈りします。

 

では。